2008/03/25/Tue
笑いは太陽だ背景
つらいときや落ち込んだとき、人のココロには雨が降っています。怒っていれば雷がなり、大喧嘩をすれば台風がうなっています。
だれがそんなココロの空を歩きたいでしょうか?仮にそんな人のココロの空の下を歩けば、自分もずぶ濡れになり、自分のココロまでも曇っていきます。
ところがどうでしょう、人は楽しかったり、うれしいとココロの空が青々と晴れ渡ります。そんな空の下なら誰しもお弁当でも持って歩いてみたくなります。
さてそんな心の空にある太陽。その太陽の作り方は簡単です。
それは誰もが出来ること、たんに笑えばいいのです。人は笑いのあるところに集まります。それはきっと社会というストレスの冬の中、暖かい太陽を求めている証拠なのでしょう。
それなら自分も笑いましょう。
なぜなら
笑いは太陽だからです。
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2008/03/07/Fri
仕事とは相手そして自分に仕えること
加えて自分を使うことよく似たコトバ
仕事か私か仕事会社とは創始者と相続者背景
「仕事」の意味を調べてみると
〔動詞「する」の連用形「し」に「こと(事)」の付いた語。「仕」は当て字〕
(1)するべきこと。しなければならないこと。
(2)生計を立てるために従事する勤め。職業。
参照:三省堂提供「大辞林 第二版」より
すべきこと。しなければいけないこと。やはり人はこの世の中に生まれてきた以上そんなすべきこと、しなければいけないことがあるのだと思います。そのことを人は「使命」とでもいうのでしょうか。
仕える相手が自分以外の人か自分の違いだけであって、ようは自分自身を使える(仕える)ということなのでしょうね。自分を使うために仕事をする。そんな風に思いながら仕事が出来たらいいですね。
みなさんは誰に仕えていますか?自分を使っていますか?最後まで読んでくれた人、ここを押してください。
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2008/02/20/Wed
人は何かを探し求めている限り、前へいける背景
コメントをいただいた
モックンモーガンフィールドさん(←を押すとサイトに飛びます)に対して私が書いたことからこのコトバを創ってみました。(記事は
ここ)
コメントから
モックンモーガンフィールドさん:「昨年からイロイロと迷うことがあって、コトバをさがしもとめてる今日このごろです」
umasugi:「コトバをさがしもとめているとのことですが、人は何かを探し求めている限り、成長するはずです。 モックンモーガンフィールドさんが求めているコトバは、ふとした場所、人のところに落ちているかもしれませんね」
そこで考えてみました。
何かを探すということは大変素晴らしいことだと思います。今、迷っている問題の解決法を探す、自分を探す、幸せを探すと人は常に何かを探しているのではないでしょうか。
探すという行為は、実は答え、もの、人を見つけるために前に進んでいる証拠。つまり成長しているといってもいいのかもしれません。
そして、ある日のふとした場所にその探し求めているものがあるはず。それまで、人は前に進むのです。
見つけたら「LUCKY!」、そんな「LUCKY!」がつもって幸せ山ができる。その山へ向かって人は歩いているどうですか、幸せ山に向って歩いていますか?
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2008/01/26/Sat
自分の心への愛の注ぎ方、それは
素直に自分のことを
「よくやった」 「俺って(私って)かっこいい」
と褒めることよく似たコトバ
褒めるということ影褒め愛水 アイスイ背景
昨日の記事のことで大変素晴らしいコメントをもらいました。まずは、コメントの紹介です。
荒野鷹虎さんから
”何時も、心温まる言葉に、救われている自分です。「花には水を、人には愛を」という言葉を思い出しました。時には、自分の、心にも、愛の水を注ぐことの大事さがわかりました。”
KEROXさんから
”良い味出てます。umasugiさん作、文字と絵のバランスが上手く取れています。「自分の心に愛を注ぎましょう」その通り!!自分自身にもご褒美をあげましょう。ブログの中で、umasugiさんの個展を開いたらどうでしょうか?”
お礼のコメントを書いているときに思いついたのが上のコトバです。
「いったい、どうしたら自分の心に愛を注ぐことができるのか?」と考えてみました。
一番簡単なことは、自分で自分のことをほめてあげるのです。それも素直に。ここで変に「まだ、まだ」とか謙虚にならずに素直に自分を褒めることが大切です。変な意味だと、そんなの自画自賛をしているナルシストとか単純バカと言われるかもしれませんが、いいんです。行き過ぎなければ。(笑!)
人からなかなか「よくやった」「すごい」とか言われなかったら、自分でそういえばいいのです。ちょっとしたことができたり、言えたりしたらすぐに自分を褒めればいいんです。
「俺ってかっこいい」と自分の口というジョウロから心へ注げば。そしたら自分の心に愛がたまりますよ。
自分の心に愛を注げるようになると人の心にも愛が注げます。あこれ、明日のコトバ・・・(笑!)
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2008/01/08/Tue
粋る背景
今回も「生」に関係するコトバ第三弾です。(ちなみに第ニ弾は
ここ)
粋:
〔「意気」から転じた語〕
(1)気性・態度・身なりがあか抜けしていて、自然な色気の感じられる・こと(さま)。粋(すい)。三省堂提供「大辞林 第二版」より
ドイツにいるとき、私は日本食レストランでアルバイトをしました。仕事の内容は、すしの親方の横に立ち、日本語とドイツの通訳をしつつも、親方の手伝いでした。その親方がまた粋な人なのです。
親方は現在はミュンヘンのある日本食レストランで働いています。おそらく一番おいしいすしを食べれるのは、その親方のところでしょう。とくに太巻きなんて絶品です。(その分作るのが大変なんですよ。)
親方から習ったことはすしの握り方とか接客、職人との間の取り方だけではなく、遊び方もです。なんせドイツでギャンブルといえばカジノ。私もはまってしまいましたね。それでも通算負けることなく引き分けで終わりました。いや〜、楽しかった!
そんな親方は何事も筋を通す人で、話を聞くうちに親方こそ江戸っ子なのではないかと思うことがしばしばありました。今回は日本に帰ってきていて、先週親方と会って、思ったことをコトバにしてみました。
はたして「粋」ってどういう意味なのかと聞かれれば、その答えにはどこか曖昧さが残り自分でもしっくりときません。そこで辞書を調べてみると、上のように書かれていました。気性・態度・身なりがあか抜けまでは、なんとなく分かったのですが、その後の自然な色気を感じられる意味があるとまで知りませんでした。
たしかに親方の言葉のはしはしには上手く説明できませんが、自然な色気があるんですよね。そこで親方のような粋な人が私の周りにいるか考えてみましたが、いませんでしたね。それって年をとらないと身につかないものなのでしょうかね?
そこでこれからの私の長い人生の目標として自然な色気を感じさせる「粋な人になる」。つまり”粋る”、それを目指して生きていこうと思う。
みなさんも粋ませんか?最後まで読んでくれた人、ここを押してください。
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